年頭:自分の師匠武術対する心構え

先日、遠くの武術仲間から久しぶりに連絡があった。

何かと思ったら仲間から。

「〇〇という大会で、△△さんが△〇という套路を演武していましたよ。△〇って套路、人前で演武しちゃってだいじょうぶですか?しかも、演武種目DVDで販売するとか聞いていますよ」

と連絡があった。

「え!!!本当に?」

その套路は、師匠から同門の前なら許されるが、公で演武はご法度じゃなかったか?と思っている。

当然そいつが、その大会でそれを演武する事を自分の周りは誰も知らなかった。(知っていれば、確認をする)

同門諸先輩方がいる中で偉そうなことは言えないが、武術に打ち込むうえでの自分の心構えを書きたいと思う。

まず第一に「民間武術や伝統武術」と「競技武術」と同じ武術だと考えている愛好者がいる事がとても嫌だ。(特に最近始めた方)

点数を取る「競技武術」と生死をかけて先人が磨き上げ、生き残るために伝承してきた「伝統武術」は全く別物。

当然、みだりに人前で見せて盗まれ、技を破られても駄目で、保守的、保身的な部分は大事にしなければならない。

遠い昔25年前「中国武術教育研究会」設立にあたって師匠から

「伝統拳をここで教えていること、私との先生生徒の関係を口外してはダメだ、それを必ず生徒には守らせなさい」

と言われた。

だから、入会者には誓約書に署名してもらい、それから「入会」「練習参加」の許可を出した。

そして師匠より
「中国人は伝統武術をとても大事にしている」
「武術の技が盗まれない様に屋外の人目に付きやすい所で練習は行わない」
「門外で演武してはダメだ」
「技術」「動作」「用法」については他言無用
「それらを破った場合武術は教えない」
という事を一番最初に告げられた。

その時に、僕の習っている「伝統武術」は、「縁が無ければ習う事も出来ず」「保守的」「大事にしなければならない」であるという事を心に刻んだ。

三年習うより、三年良師を尋ねるべし
当時、それだけ、国内では中国武術を習うことが困難で、良師に巡り合うのは奇跡だった。(今の師匠と会えたのは、本当に奇跡的だった(感謝しかない))

やっと出会えて、師匠に許可を頂いて武術を教えてもらえるようになったのだから、習った伝統武術はとても僕の中でも大事な宝物に決まっています。

今までも、師匠と繋がりのある人としか練習もせず、他言せず、自身も大事にしている。

弟子としては当然、師匠の許可を得てから公の場において演武をする以外は、みだりに人前で技を見せてはならないと思っている。

師匠から演武が「駄目だ」「私はあまり気分が良くない」と言われれば演武を行わない。

それが普通。(こんなことの理解もないのかと、情けなくなる)


僕らが師匠から教授された套路は「人前でやるな」と言われている物が殆どだ。

師匠の強い思いとして「演武したら殺します」と演武に対して釘を刺された套路もある。

それが、映像で残されたなどとは全く持って駄目だ。

それでも、一般的な「劈挂拳」「翻子拳」「八極拳」は演武の承諾を得ている。

なので、いろいろな套路も練習をしてはいるが演武の際にもこの3つのどれかしか記載しない。

連絡のあった演武した者は、それを行うことを自慢したいのか、見せびらかせたいのか、他者と交流が目的なのか、賞を取り知名度を上げたいのか。

それだったら、競技種目で競えばいい。

伝統部武術って、おまえが思っているほど軽いもんじゃない、もっと尊重しなければいけない。

間違いなく、伝統拳の僕の武術に対する大事にする部分が、そいつとは全く違う。

仲間から連絡を受け、話を聞いて、驚きとともに、演武したことに対して今まで守って来た事が崩されてすごく嫌な感じしかしない。

お前の習っている伝統武術を軽んじるな!!!

教えられていなければわからないのは当然か?

自分の考え方がおかしいのか、偏った偏見なのか、今の時代に沿っていないのか、全国の兄弟子や同門子弟と今回の件、意見をききましたが、師匠から教わった武術を大切にする姿勢が同じだったことがうれしかった。(いざという時に信頼できる同門、門外の武術仲間たちです)

師匠の古い生徒は同じ考え方だった。

僕は、

「 師匠から学んだ武術をみだりにひけらかすことを好まないし、みだりに伝えない。」

ということが伝統武術を習う上での心構えだと思う。



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この記事へのコメント

小虎熊
2020年01月08日 00:05
お初にコメントさせていただきます。
おさださんの述べられていること、ごもっともと思います。

はるか以前からのおさださんが、大会などで『通備』を名乗ったことがないことをよく存じております。

またおさださんだけではなく、その御師兄の方々も同様であることもです。

『門外不出』、今では時代遅れと仰る方もおりますが、師が駄目だと言ったことは駄目なんです。

それは師がそれまでに培った技術はもとより、『意』のすべてなのですから。

それに疑問を抱くのなら別の師につけば良いのです。

門人を名乗る方の中にも、技術をオープンにすることを厭わない人もいますし。

今回、師の教えを理解していなかった練習生(あえてこう言わせていただきます)は、たぶん師を先生だと思い、あっちの先生、こっちの先生とミツバチが花から花へ移って行くように、色々な講習会に参加したり練習会に行ったりしているのでしょうね。

でもそれがまかり通る時ばかりではないので、おさださんがその練習生について口外しなくとも人伝で伝わり、伝統を重んじる団体からは敬遠されていくと思います。

そのような人たちを過去にも何人か見ていますしね。

ましてやこのネット時代、インフラ整備もオリンピックに向け整えられているこの時代に、八方美人な学習をしていたら、その人は表面だけのダンスで終わってしまうでしょうね。

ある伝統の大会では、出場申込書に老師名も記載するなんてものもありました。

でもそれはそれだけ師というものに重きを置き、またその『門』の教えをいかに受け継いでいるかをみるための手段なのでしょうね。

すごく画期的な指向だと感心した覚えがあります。

まあとりとめのない文になってしまいましたが、その練習生が伝統に重きを置き一途に練習をされているおさださんの団体から、楽しく練習を行うオープンな団体に移っていくことを祈念します(笑)

では今後もぜひ精進いただき、静岡におさだあり!!というところを見せてください。
おさだ
2020年01月08日 08:05
小虎熊 さん

コメントありがとうございます。

つらつら、思いのたけを書いてしまいましたが、伝統拳ってそうゆう事なんだと思うのです。

最近ではYoutubeに基本功から套路すべて毎日のように連続投稿する輩がいますが、伝統拳を習っている方はそれは駄目だと思うのです。

半面、今まで見ることが出来なかった過去の老師たちの映像が見れることには感謝しかありません。

伝統武術を習っている方々は、門派の歴史を重んじ、師匠から伝えられた技術を大事にする事が必要だとおもいます。
有理
2020年01月12日 19:59
初めてコメントします!

私も昔、師弟関係は3年ぐらいたってから、と伺ったことがあります。

練習で最初からそこを教えてもらえていたら・・・と思うことでも。

それはもしかしたら「本当の意味でわかるときがきた」とか「先生が私に教えても良い」と思うレベルかそういう人間関係ができてきた、などの複合的な理由があるのかもしれないと思っています。

表演した方は套路はできても、伝統の本当の大切なところはわからなかったのかもしれないですね。

そこがわからないのは、うわべだけのもののような気がします。

残念ですね。。
おさだ
2020年01月12日 22:27
有里さん

コメントありがとうございます。

おっしゃる通りの事を思いました。

出来たと思っているし、自慢したいし、見せびらかせたいのでしょう。

「こんな套路知っています?凄いでしょ」という気持ちもあったのでしょう。

技術も知識も、一知半解で、盲目的なのでしょう。
無名
2020年01月12日 23:18
私は伝統拳を練習しています。

やはり師から学んだ武術は大切にしています。

人前で演武するな!という事は十分理解できます。

この演者はどの様な方か存じませんが、門派に正式に拝師していない方でなければ、いかなる場所でも伝統拳、いや、門派名などを記載して演武してはダメだと思います。

単なる、個人の自己満足でしかないのではないでしょうか。

私の直接の生徒だったら厳重注意です。

自身の師匠の名を廻りに述べているのであれば、門派の恥じになる可能性があるし、その演武が知悉であれば、師もその程度の技量なのかと思われてしまう可能性が高いですよね。

制定拳と伝統拳なぜ分かれているか理解する必要があるのでしょう。

全く、武術に対して盲目的ではないのでしょうか。

確かに、他の人のコメントの様にそのような人は、色々な師について結局何も身につかないという方を、私も見ていますし、想像するにそのような方ではないかと感じます。

最近武術をやる方は、やはり環境も違うせいか、師との礼節もだらしない所も見受けられます。

師は師であり友達ではない。

やはり、昔から練習されている方と違うと私も感じます。